福岡ソフトバンクホークス みずほPayPayドーム福岡に設置した「AIアバター」の開発支援で、見込み客創出に貢献
福岡ソフトバンクホークス(以下、ソフトバンクホークス)は、日本野球機構(NPB)のパシフィック リーグに所属するプロ野球球団で、福岡市にあるみずほPayPayドーム福岡を本拠地としています。ドーム内の貴賓室スーパーボックスの4階部分に、16室限定のVIPルーム『Microsoft Premium Suite(マイクロソフト プレミアムスイート)』が有ります。このMicrosoft Premium Suite内に、ソフトバンクホークスOBであり現在は野球解説者として活躍する、五十嵐 亮太氏の「AIアバター」が設置されています。
このAIアバター開発の背景について、ソフトバンクホークスで事業統括本部 営業本部 副本部長 兼 営業推進部 部長を務める西川 拓也氏は次のように説明します。
「ソフトバンクホークスは親会社のソフトバンクにとって象徴的なスペースをこのドーム内に作りたい、というニーズが以前からありました。ソフトバンクには顧客にソリューション提案を行うための『EBC(Executive Briefing Center)』という施設があり、そのサテライトブースをドーム内に設置する案が有りました。その取り組みの一環として、今回AIアバターが作成されることになり、ソフトバンクがマイクロソフトと戦略的パートナーシップの関係にあるマイクロソフトの最新AIテクノロジーを活用することが検討されました」。
「これまでもスタジアムDXへの取り組みは様々な形で行われてきましたが、全てテストだけで終わってしまい、実装は見送られてきました。その理由は、技術面でいかに優れていても、ドームに来場される一般のお客様に楽しんで、充分満足いただけるものにまで至らなかったからです。しかし今回はお客様も、面白いと思ってくださり、顧客満足度の向上に貢献できると確信できました」と西川氏は話します。
AIアバターの開発プロジェクトが始まったのは2024年5月で、同年6月にはマイクロソフトからアバナードが紹介され、開発パートナーとして参画しました。
アバナードを開発パ―トナーとして推薦した理由について、マイクロソフト パートナー事業本部 パートナー技術統括本部 AI & Azure アーキテクト本部でパートナー ソリューション アーキテクトを務める大川 高志氏は「今回非常に短期間で、かつ新しい技術を用いた開発ができることが条件でした。そこで、弊社テクノロジーのエキスパートであり、知見を多く持っているアバナードにお願いすることにしました」と述べています。
みずほPayPayドーム福岡のVIPルームで最新AIテクノロジーを「体感」して頂けるよう、単に最新の生成AIを利用するだけでなく、様々な技術を取り入れてそこに実際に人がいるかのようにリアルタイムなアクションを行うAIアバターを開発するため、プロジェクトで最初に行われたのが、AIアバターの仕様の明確化です。①AIアバターで利用できる情報、②使用するユーザーインターフェース(UI)、③アバターがアクションを起こすトリガー、④利用するAzureの機能という4つの観点から、仕様が決められていきました。これらによって、アバターが持つ知識、人との接し方、行動のきっかけが決まり、AIアバターができることや振る舞い方、実装の方法や方式も定まります。これと並行してソフトバンクホークスでは、AIアバターになってくれる方の人選が進められていきました。
「当初はソフトバンクホークス現役選手の起用を考えていたのですが、この頃はちょうどシーズン中で選手が忙しいため、時間の確保が困難でした」と振り返るのは、福岡ソフトバンクホークス 事業統括本部 営業本部 第1営業部 3課で課長代理を務める石田 博之氏。そこで、ソフトバンクホークスのOBの中から知名度のある方を探し、最終的に五十嵐氏の起用が決まったのだと説明します。そして、2024年6月に東京で学習用の映像と音声が収録されました。その所要時間はトータルで2時間程度。映像は約30分、音声は約15分の尺で収録が行われていました。
マイクロソフト 大川氏は「実在の人物のリアルなアバターを作成する場合には、対象の人物を 3DCG モデリングソフトで CG 化するのが一般的ですが、この方法では3DCG の制作に長けたデザイナーによる作業が発生するため、制作期間が長くなりがちです」と言います。マイクロソフトのAIアバターは映像を学習データにできるため、従来手法に比べてかなり短期間で学習が完了すると説明します。「アバター化対象の人物の時間の拘束が必要な学習データの収録には、音声・映像両方収録しても数時間もあれば充分完了できます。また、学習データを収録した後にクラウドで行われるモデルの学習は、音声だけなら1時間程度、映像を含めても3~4日で完了します。また不正な学習を防止するため、学習される人が『私が承認しました』と読み上げ、そのデータがなければ学習しないという機能も装備しています」と話します。
AIアバターの開発では、1週間のスプリントを5回実施し、仕様検討開始からわずか1カ月半で最初のリリースを実現。そのスピード感は驚くべきものでした。石田氏は「次のスプリントまでにソフトバンクホークス側でデータを用意しなければならないのに、それが間に合わないこともありました。申し訳ないことに、私がボトルネックになるくらいの開発スピードでした」と言います。
ただし、何事もなくスムーズに開発が進んだわけではありません。AIアバターの開発で最大のハードルになったのが、外部データを利用する際のディレイ(時間遅れ)でした。
アバナード シニアディレクターの千賀 大司は「進行中の試合データは、データスタジアム株式会社が提供するデータフィードから取得することになりましたが、当初はAIアバター側からデータを取りにいく『プル型』で行っていたため、最大1分程度のディレイが発生し、試合の解説にも遅れが生じていました。この問題を解決するため、データ取得方法をプル型からプッシュ型(データスタジアム側からデータを送る方法)へと変更しました。さらに処理プロセスも不要なものをできる限り省いたり、生成AIでの処理を短縮するようにチューニングすることで、ディレイを10秒程度にまで短縮することに成功しています。リアルタイムデータやストリーミングデータを用いたRAG(外部知識を取り込む生成AIの活用方式)というのは、他ではあまり例がないのではないかと思います。またこのディレイは、スポーツ専門の動画ストリーミングサービスの中継に勝るとも劣らないスピードとなっています。
また、五十嵐氏のペルソナや特徴に近づけたり、よりリアルな野球の知識を持つアバターを実現するため、インプットデータの構造や構成も含めて何度も繊細なチューニングを行いました」と述べました。
「観客の関心を維持し続ける上で、このようなチューニングは非常に重要です。アバナードはここまでのチューニングを、わずか1週間で行ってくれました」と西川氏は話します。
さらに、今回のAIアバター作成にあたってさらに拘ったのが使いやすいユーザー インターフェースです。アバナードの千賀は「アバナードのユーザー エクスペリエンスの専門チームがユーザー インターフェースの作成に携わり、お客様にわかりやすく、使いやすいように細部にまで拘り作成されました」と話します。
AIアバターが正式リリースされたのは2024年7月でした。利用者からの質問への回答や、試合状況に合わせた選手情報などの一言コメント、ソフトバンクホークスへの応援コメントなどが、五十嵐氏の身振り手振り付きで、リアルタイムで行われるようになっています。また画面の下側には、本日のスタメン情報や、球団にまつわるクイズを選択式で出題する「ホークスクイズ」も表示。その完成度について石田氏は、次のように語っています。
「アバナードが作成したAIアバターは、話し方の抑揚やスピード、瞬きなどがとても自然で、音声とのリップシンクも正確で、まるで五十嵐さん本人が目の前にいるようです。ジェスチャーは10パターンほど設定していますが、戦況に応じたいいタイミングで、自然に動いてくれます」
設置場所は、4階に16室設置しているMicrosoft Premium Suiteの中の1室です。福岡ではAIに触れる機会が少ないこともあり、五十嵐氏のAIアバターを見て驚く人も少なくないと西川氏は語ります。Microsoft Premium Suiteの中では、EBCの接客訓練を受けたスタッフがガイドし、AIアバターの体験が可能です。ここはEBCのサテライトという位置づけになっているため、利用者は企業主体となっています。 「その第1社目の方が『素晴らしい』と感動し、そこから口コミが広がることで、数多くのお客様からお申し込みをいただく結果となりました。来シーズンもすでに年間予約で埋まっています。AIアバターは球場内での新たな野球観戦の楽しみ方を実現 し、ソフトバンクグループ全体の『見込客創出』に大きな貢献を果たしています」と西川氏は話します。
「今後はMicrosoft Premium Suiteを起点に、他の部屋でもAIアバターを体験できるようにしたい」と西川氏は言います。さらに将来は「ソフトバンクホークス公式アプリで使っている顧客IDと紐づけることで、飲食や物販のオーダーや、顧客ごとの嗜好に合わせた対応なども実現したい」と語ります
最後にマイクロソフトの大川氏は「アバナードは、マイクロソフトの最新AI技術を使いこなすだけではなく、デザイン専任のスタッフも起用し、高品質なユーザー インターフェースを作り上げてくれました。アバナードにお願いしたことで、とてもいいプロジェクトになったと感じています」と締め括りました。